複数のがんが発生する「重複がん」、知っていますか?
医師 若杉慎司
【がんは1か所のみに発生するとは限らない】
今、日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人はがんで命を落とすと推計されています。日本は、いまや「がん社会」とも呼ばれる時代に入ってきています。
がんにて早世するのを防ぐには、早期発見・早期治療が欠かせません。
この早期発見という点において、私たちが知っておきたいことがあります。
「がんは1か所のみにできる病気ではない」ということ。
がん腫瘍は、異なる場所にいくつか発生することがあるのです。
これは、がんの一部が流れていって他の場所でもがんをつくる「転移」とは異なります。転移を起こす時点で、おおもとのがんはかなり進行していることが考えられます。
一方、いくつかの臓器に別個に発生するがんを「重複がん」あるいは「多重がん」と呼びます。
重複がんのうち、同じ時期にいくつかのがんが見つかる場合を「同時性重複がん」、
がん治療をしたあとに別のがんが見つかる場合を「異時性重複がん」といいます。
重複がんの場合、早期に発見でき、早期治療を実現できれば、完治をめざすことができます。そのためには、「がんは1か所のみにできる病気ではなく、また、くり返し発症する可能性のある疾患」ということを認識し、注意深く検査を行うことが大事となります。
【重複がんになる人が増えている】
近年、重複がんが多くなってきています。その理由は2つ考えられます。
一つは、平均寿命がのびたことで、同時期に複数のがんを発生するケースが増えていること。
もう一つは、医療の発展によって一つめのがんが治るようになってきていることです。
がんの発生には、「環境の関与によるもの」「個体の素因によるもの」「一つめのがんの治療に関係するもの」という3つの要因があるとされています。
一つの要因が複数のがんの原因となることはよく見られます。
がんの発生をうながす環境的な要因とは、喫煙、食生活、ストレス、ホルモンの関与などです。
一方、個体の素因によるものとは、簡単にいえば遺伝性の疾患のことです。
ただ、親ががんになったからといって子も罹患するとは限らず、反対に、親はがんになっていなくても、子が発症することもあります。
感染は、ヘリコバクターピロリによる胃がん、B型C型肝炎ウィルスによる肝がん、ヒトパピローマウイルスによる子宮頸がんや咽頭がんが代表的です。
がんの発生には、個体の素因と環境因子が密接に関係しあっていて、原因を明らかにするのは難しい、というのが実際のところです。
ただ、1度がんになったことのある人は、環境の関与やその人のもっている素因、そして一つめの治療の影響などによって、再びがんに罹患する可能性が高くなります。
また、一つのがんが発生した人は、環境の関与や遺伝的な要因によって、同時期、あるいは異なる時期に別個のがんを発生することがあるのです。
【がん治療が落ち着いたら、他のがん検診も受けておこう】
一つのがんの治療を始めるとき、治療が落ち着いたらに他のがんの検診を受けておくと安心です。
とくに胃がんの場合、大腸がんと重複しやすく、その頻度は3~10パーセントと報告されています。
ただし、他のがんを起こしている可能性もゼロとはいえません。大腸がんの検査を第一選択肢とし、できれば、肺がん、すい臓がん、食道がん、前立腺がん、乳がん、子宮がん、甲状腺がんなどの検査も受けておくとよいと思います。
また、食道がんも重複がんである可能性の高い疾患です。その割合は、およそ20パーセントにのぼるとされています。食道がんと重複しやすいのは、胃がん、咽頭がん、喉頭がんなどです。
また、一つめのがんで抗がん剤やホルモン療法などの化学療法や放射線療法を行った場合も、重複がんを起こしやすくなります。
たとえば、子宮頸がんの治療のあとの直腸がん、子宮体がんのあとの白血病、乳がん治療後の肉腫や食道がんなどです。
また、悪性リンパ腫治療後の白血病や多発性骨髄腫。乳がんや卵巣がん治療後の非リンパ性白血病。こうした重複がんも、たびたび報告されています。
ただし、これらは一例に過ぎないと考えてください。
1つのがんを早期発見し、早期治療を始めたものの、気づかないところで他のがんの進行を許してしまったというのでは、これほどつらく苦しいことはないでしょう。
がんという病気を知らない人はいないと思います。でも、重複がんという問題を認識している人は少ないでしょう。この認識があるかどうかが、これからのがん社会を生き抜いていくには大事なポイントになってきます。
それは、がんという病が、それぞれの診療科で専門性をもって診ていく疾患だから、ともいえます。
がんは、みなさんもよくご存じのとおり、治療の難しい病気の一つです。そのため、治療方針はがんの特性を見極めて決めていく必要があります。治療には、高い専門性が欠かせないのです。
ただし、それは裏を返せば、がん治療の最中であっても、専門分野以外のがんは発見されにくい、ということにもなります。
「治療していたがんとは別のところにがんができていて、そちらのがんが悪化してしまった」ということは、めずらしいことではなくなってきています。
この状況を防ぐには、人間ドックが有効です。多くのがんを一度に調べるのが、人間ドックの意義だからです。
最近では半日で検査を行える医療機関もあります。短時間で多くの検査を行えるということは、時間的な負担だけでなく、身体的な負担も軽減できるということ。重複がんの発見という目的にも、人間ドックを上手に活用してほしいと思います。