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高齢者ドライバーは2年に1度の「脳ドック」を

2019.05.12 人間ドック 医学一般

【認知機能検査だけでは不十分】

高齢者による交通事故が相次いでいます。

池袋で起こった暴走事故も、痛ましい事故でした。
87歳のドライバーが運転する車が、横断歩道を自転車で渡っていた母子にぶつかり、死亡させてしまった事故。最愛の妻と幼い娘を突然に亡くしてしまった夫は、記者会見で、
「それぞれのご家庭で事情があることは重々承知しておりますが、少しでも運転に不安がある人は車を運転しないという選択肢を考えてほしい」
と涙をこらえて訴えました。
あの言葉を、自分自身のこと、自分の家族のこととして、重く受け止めた人は多いことでしょう。

現在、日本では、75歳以上の高齢者に対し、運転免許証の更新時に「認知機能検査」を受けることを義務づけています。この検査は、記憶力や判断力の判定を行うものです。
その受診によって、認知症の発見に一定の効果を期待することはできると思います。
ただし、それだけで本当によいのでしょうか。認知機能検査は、脳の状態を正確に客観的に判定するものではないからです。

脳の病気では、早期の場合、自覚症状のないことがほとんどです。ほんの少し、頭痛や頭重感などを覚えたとしても、不調時に現れるよくある症状となんら変わりがなく、それが脳の異変によって起こっているものだとは、自分で気づくことはきわめて困難です。

だからといって、認知機能になんの問題も起こらないとはいえません。
脳に小さくても病変があれば、その病変部がつかさどる機能になんらかの支障が生じることはあります。

たとえば、記憶をつかさどる「海馬」に病変が起これば、もの忘れが目立ってきますし、思考や判断に中心的な役割をしている「前頭葉」に病変が生じれば、判断力にわずかでも衰えが起こるでしょう。
空間や時間を認識する「頭頂葉」に病変が生じれば、空間を正しく判断する力が弱くなるので、車幅を意識しての運転や駐車などが苦手になってきます。

こうした衰えは、日常の生活のなかでは感じにくくても、運転時にトラブルに見舞われ、とっさの判断を迫られた際に表出することが多々あるものです。

今回、池袋で事故を起こしてしまった87歳のドライバーも、免許の更新時に認知機能検査を受け、問題なかったといいます。
しかし、運転技術は周りの人に心配される状態で、自宅の車庫入れがうまくできなくなっている様子も近所の人に目撃されています。

「認知機能検査で大丈夫だったから、脳の状態も大丈夫。だから、運転しても大丈夫」
そう思いたい気持ちはよくわかります。
しかし、認知機能検査のみで、運転継続の太鼓判を押すことは、残念ながらできないだろうと、私は思います。

【脳ドックでは脳の状態を客観視する】

では、自分の脳の状態を客観的に知るためにはどうするとよいでしょうか。
その方法の一つとして、「脳ドック」があります。

脳ドックとは、脳に起こっている病変を小さなうちに発見し、早期治療に役立てていくための検査です。
具体的には、MRI(脳の断面の構造を画像で診る検査)やMRA(脳の血管だけを画像で診る検査)、頸動脈エコーなどの画像検査とともに、血圧や血液検査などの結果をみながら、総合的に診断していく脳専門の検査です。

脳ドックで探す病気は、一つには、脳の萎縮が引き起こす認知症「アルツハイマー病」があります。認知症のなかで、とくに多いのがこの疾患です。
なぜ、脳の萎縮が起こるのか、はっきりとした原因はわかっていません。ただ、病気の兆候を知って治療を早くスタートすることで、病気の進行を遅らせ、改善させることもできるようになってきています。

また、脳血管疾患の早期発見も重要です。たとえば、死につながりやすい「くも膜下出血」、脳血管破裂のリスクとなる「脳動脈瘤」、血液のかたまりが血管をつまらせる「脳梗塞」など、その予兆が生じていないかまで、細かく見ていきます。
さらに、脳にがん腫瘍ができる「脳腫瘍」も、小さなうちに発見することで、治療の効果を高められます。

なお、脳血管疾患や脳腫瘍も、認知症を引き起こす原因となる病気です。こうした病気を予防し、病変の小さなうちに治療していくことも、認知症予防には大事なことなのです。

【高齢者の4人に1人が認知症とその予備軍】

近年、認知症の人の数が非常に多くなっています。

厚生労働省の2015年1月の発表によれば、日本の認知症の患者さんの数は2012年の時点で約462万人、65歳以上の高齢者の約7人に1人とされています。
一方、認知症の前段階である「軽度認知障害」は、約400万人と推計されます。

認知症の人と軽度認知障害の人をあわせれば、高齢者の約4人に1人が認知症かその予備軍となるのです。

ただし、これは、医療機関を受診して診断された人の数のみで推計されています。
「自分はまだまだ大丈夫」と、受診していない人は多いでしょう。ですから、高齢者の4人に1人という数は、実際のところ、もっと多いだろうとも推測されているのです。

しかも、団塊の世代が75歳以上となる2025年には、認知症の患者さんの数だけで約700万人になると推計されています。
今後、高齢化が進むにつれて、認知症の人の数は右肩上がりに増えていくことになります。生きている限り、誰もが高齢者と呼ばれる時を迎えます。高齢なれば、認知症になるリスクも高まります。つまり、認知症の問題はだれにとっても無関係ではないのです。

その認知症のもっとも大事な予防法が、早期発見・早期治療です。

50歳を過ぎたら、一度は脳ドックを受けましょう。高血圧などの生活習慣病を持っている人、両親や親族など脳血管疾患や認知症の多い家系の人は、通常の健診の定期受診もおすすめします。

では、脳ドックは何歳まで受けるとよいのでしょうか。

脳ドックに年齢制限はありません。でも、少なくとも運転を続けている間は、受けるべきと私は考えます。これも、今回の池袋暴走事故のような悲しい出来事をみずから引き起こさないために必要なことです。

脳ドックでは、脳の状態を客観的にみることができます。認知機能検査ではわからないことも、見えてきます。
75歳を過ぎた人がハンドルを握るならば、2年に一度は脳ドックを受けて脳の状態を客観視しておくことも、ドライバーとしての大事なことです。

なお今、世間では「75歳以上の人に免許の自主返納をするよう伝えるのは、家族の責任」という声が大きくなっています。その裏で、「どうするべきか」と頭を抱えている人も多いでしょう。
もっとも近くにいる家族だからこそ、相手の気持ちや性格を考えるとなかなかいえない、という苦しい思いもよくわかります。

そうしたときには、「脳ドックを受けてみよう」と、まずはうながしてみるのはどうでしょうか。

脳の状態が正確にわかり、万が一、よくない兆候が見つかれば、本人も運転する危険性を冷静に自覚できるでしょう。
反対に、脳が健康そのものであり、運転に問題もないのならば、家族の不安も消えるでしょう。ただし、この場合であっても、2年に一度の脳ドックを受けることは忘れないでください。

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