ー乳がんは治りやすいがんですー
医師 若杉慎司
日本で乳がんになる女性は、9人に1人と推計されています。生涯罹患率は1割を超えています。
男性の9人に一人が前立腺がんに罹っていることもわかります。
乳がんは先進国では共通して増加傾向にあります。原因としては初潮が早くなったこと、閉経が遅くなったこと、妊娠回数が減ったことで女性ホルモンのエストロゲンにさらされる期間が長くなったためです。
有名な方々の死や闘病のエピソードが報道されるたび、「ひとごとではない」と感じる女性は多いことでしょう。
しかし、その思いが「検診を受けに行く」というところまで結びつかない方は少なくないようです。
日本にて、乳がんの検診受診率は47.4パーセントに過ぎません。9人に1人が罹患するとても多い病気と考えると、この検診率はかなり低いといえるでしょう。
がんという病気を前に、検診を行う最大の意義は、早期に発見し、早期に治療を始められることにあります。それによって救われる命は、非常に多いのです。
とくに乳がんは、早期発見・早期治療の効果の極めて高い病気です。
それは、罹患と死亡の数字をくらべてみると明らかです。
乳がんは、女性のがんのなかで、もっとも多いがんです。年間約9万人が発症しています。一方、乳がんが原因で亡くなる人は、年間に約1万4000人。単純に計算すれば、およそ7万6000人が、乳がんを発症しても治療によって助かっていることになるのです。
この生死を隔てるものこそ、早期発見・早期治療といえるのでしょう。
乳がん治療の現場も、数年前とはまるで違ってきています。がん治療と検査の現場は、日進月歩の勢いで進んでいます。
患者数の多い乳がんでは、専門のクリニックも増えています。がんというと、入院して大変な治療を受けなければならないと思っている人もいます。でも現在、多くの乳がん専門のクリニックでは、早期の小さな腫瘍であれば、局所麻酔で腫瘍をすみやかにとることができます。日帰りで手術を受けられるクリニックもあるのです。
手術の設備を持たないクリニックでも、他の医療機関の手術室を借りて、かかりつけ医が手術をしてくれるところも少なくありません。
治癒に向けての一連の治療をすべて、かかりつけの専門医が行うクリニックが増えているということです。
がんの標準治療といえば、抗がん剤、放射線、そして手術の三本柱でした。しかし、現在は選択肢の幅が広がってきています。
乳がんのがん細胞の6割から7割は、女性ホルモンであるエストロゲンによって増えます。エストロゲンの影響で分裂・増殖するタイプは「ホルモン感受性乳がん」と呼ばれます。このタイプの場合、がん細胞が増殖する性質を利用し、ホルモン療法が行われます。
なお、乳がんの場合、再発が遅いという特徴もあります。そのため、発症すると10年間は通院が必要になります。でも、早期発見で適切な治療を始められれば、最初は2~3か月に1回通院し、まもなく半年に1回でよくなり、2年が過ぎれば「1年に1回でよいですよ」といわれるようになるでしょう。
ただ、乳がんのなかには、進行の速いタイプがあります。たとえば、「HER2(ハーツー)」という遺伝子をもった乳がんは、転移しやすく、再発率も高いとされています。しかし、このタイプの乳がんには、「ハーセプチン」という薬がとても効くことが明らかになっています。進行の速いがんでも、早期に見つけられれば、治せる可能性は格段に高まるのです。
乳がんの手術の3分の2は乳房温存手術です。乳房を切り取ることなく手術でがんを取り除くことができています。一方、検診を受けることなく過ごし、がんが進行してから診断された場合はどうでしょうか。場合によっては全摘出が必要になることもあるでしょう。抗がん剤も放射線もより多く必要になります。入院日数も長くなり、退院後の通院頻度は上がります。
乳がんの好発年齢は、40~50代です。キャリアを積み重ね、社会で活躍している女性は多いでしょう。しかし、治療が長期化すれば、仕事を続けることが困難になります。そのため、がんになると離職する女性はとても多いのです。
しかし、早期発見・早期治療ができれば、治療と仕事の両立は十分に可能です。大切な家庭と過ごす時間を減らさずに済むのです。
乳がんの検診は、2年に1度が標準の受診頻度です。40歳までは超音波検査が、40歳を超えたらマンモグラフィーが有用です。
この2年に1回の検診は、かけがえのない人生を守るための貴重な機会であることを忘れないでください。