真夏のスポーツドリンクの飲みすぎには注意を
医師 若杉慎司
【スポーツドリンクには大量の糖分が含まれる】
今年は梅雨が長く続きましたが、7月末より猛烈な暑さがやってきました。
うだるような夏のさなか、心配されるのは熱中症です。
近年では、毎年1000人近くもが亡くなっていると報告されています。気温が上がれば、そのぶん、救急搬送件数も多くなります。暑さから命を守るには、十分な対策を講じる必要があります。
ただ、その裏側で、予防策の間違いによって、糖尿病になる人が多くなっていることをご存じでしょうか。原因は、スポーツドリンクの飲みすぎです。
スポーツドリンクには、大量の糖分が含まれます。含有量は銘柄によって異なるものの、500ミリリットルのペットボトル1本につきだいたい30グラム前後という多さです。シュガースティック10本(1本3グラム)、角砂糖10個(1個3~4グラム)にも相当します。
スポーツドリンクは開栓したら、多くの場合、数秒から数分で飲み切るでしょう。つまり、それだけ大量の糖分をわずかな時間で身体に入れることになるのです。
しかも、スポーツドリンクを飲むのは、食事中ではなく、食間が多いと思います。スポーツ時や外出時、自宅での休憩時など、胃にものが入っていないときがほとんどでしょう。その状態のときに、糖を大量に摂取すると、「血糖値スパイク」という状態を引き起こしやすくなります。このことも、糖尿病を起こす一因になってきます。
【血糖値スパイクとは】
糖尿病の指標の一つになるのが、血糖値です。血糖値とは、血液中のブドウ糖の量のこと。糖質の多くは、腸のなかでブドウ糖に分解され、血液に送られます。よって、飲食によって糖質をとると値が高くなり、空腹時には数値が低くなります。
正常な場合、食後の血糖値の変動をグラフで表すと、上昇から下降までゆるやかな曲線を描きます。ところが、釘(スパイク)のようにとがった線を描いて、急上昇したのちに急下降することがあります。この状態を「血糖値スパイク」といいます。
この血糖値スパイクをくり返すと、糖尿病の発病に結びつきやすくなります。なぜでしょうか。
血液中のブドウ糖は、インスリンというホルモンによって細胞内にとり込まれ、エネルギーを産生する原料になります。このホルモンは、通常、血液中のブドウ糖の量に反応し、すい臓から分泌されます。
そのため、血糖値がいっきに上昇すると、インスリンの分泌量も急激に増えます。すると、細胞内にとり込まれるブドウ糖もいっきに増え、血糖値が急激に下がり、低血糖になります。
低血糖とは、エネルギー源となるブドウ糖が血液中から著しく減っている状態であり、身体にとっては緊急事態です。そのため、身体は血糖値を上げる多くのホルモンを一度に分泌します。
こうしたことを日常的にくり返していると、すい臓が疲弊してインスリンの分泌量を減らしたり、インスリンの効き目が悪くなったりします。結果、血糖値が下がらなくなって高血糖の状態が続き、糖尿病が引き起こされてしまうのです。
【「果糖は糖尿病にならない」はウソ】
スポーツドリンクには、フルクトースコーンシロップも多く使われます。トウモロコシからつくられる、ブドウ糖と果糖を主成分とする液状の糖です。
この糖は異性果糖とも呼ばれ、果糖の割合から、「ブドウ糖果糖液糖(果糖が50パーセント未満)」「果糖ブドウ糖液糖(果糖が50パーセント以上)」「高果糖液糖(果糖が90パーセント以上)」などに分類されます。
果糖はかつて「糖尿病にはつながらない糖」といわれていました。ほとんどが肝臓で代謝されるため、ブドウ糖のように血糖値を上げることがないためです。よって、「果物は果糖が多いため、糖尿病でも食べて大丈夫」と栄養指導されることもありました。
しかし、近年の研究により、その考えがまちがえであることがわかってきています。果糖は、肝臓で代謝される際、大量のエネルギーが使われます。しかも、果糖をとり過ぎると肝臓内で炎症を起こす肝酵素を活性化すると報告されています。これによって肝臓はインスリンに対する感受性が落ちてしまうのです。
こうしたことが起こってくると、肝臓で使うことのできるエネルギー量が減り、糖新生が活発化します。糖新生とは、脂質やアミノ酸など、糖質以外のものからブドウ糖を合成すること。この糖新生が活発に行われ、しかもインスリンの働きが悪くなっていると、高血糖の状態が続いて糖尿病につながりやすくなるのです。
スポーツドリンクには異性果糖が多く含まれます。このことも、糖尿病を起こす一因になると考えられます。
【ペットボトル症候群という名の糖尿病】
スポーツドリンクなど清涼飲料水のとり過ぎによって生じる急性の糖尿病は、「ペットボトル症候群」とも呼ばれます。
一般的な糖尿病は生活習慣病の一種であり、中高年に多い病気です。しかし最近は、子どもや若い人にも多くなってきています。清涼飲料水を頻繁に飲む若い人を中心に、ペットボトル症候群になる人が増えているためです。
通常、生活習慣が原因で生じる糖尿病は、自覚症状のないままジワジワと症状が進み、長い歳月をかけて血管をボロボロに傷つけていく、という特徴があります。
一方、急性の糖尿病であるペットボトル症候群は、発症するとまもなく悪心、嘔吐、脱水、倦怠感、意識レベルの低下などの症状が現れます。治療を早急に行わなければいけない危険な状態に陥りやすいのです。
原因は、「ケトン体」という物質が体内にて急激に増えてしまうことにあります。
ペットボトル症候群によって低血糖の状態に陥ると、体内では脂肪を分解してエネルギー源として使うようになります。その際、ケトン体という化合物が生成されます。
ケトン体は、細胞にとって、とても活用しやすいエネルギー源です。ただし、酸性という性質を持ちます。人の血液は、通常、pH7.4という弱アルカリ性に保たれています。ペットボトル症候群になって、ケトン体が血液中にいっきに流れてしまうと、血液が急激に酸性に傾いてしまうのです。
この状態を「糖尿病ケトアシドーシス」と呼びます。糖尿病ケトアシドーシスはとても危険な状態で、先ほど述べた症状に加え、悪化すれば意識障害や昏睡を起こすこともあるのです。
【熱中症予防に必要なのは、水と塩】
「熱中症予防にスポーツドリンクを飲む」というのが、近年の常識になっています。しかし、それによってペットボトル症候群になる人が多くなっているのもまた事実です。
では、熱中症から命を守るには、どうするとよいのでしょうか。水分補給という面から考えてみたいと思います。
まず、熱中症になってしまったときには、すみやかにスポーツドリンクを飲んでください。
脱水症状になったら、真水ではもはや症状を改善できません。身体から失われているのは、水分だけでなく、塩分もあります。ナトリウムは体内の水分バランスや血圧を調整するなど重要な働きを担うミネラルです。それが脱水によって著しく失われているなか、真水を飲んでしまうと、かえって体内の塩分濃度が薄まり、脱水症状を改善できないのです。
スポーツドリンクがよいのは、ナトリウム濃度が血液の状態によせて調整されていることです。水分とコントロールされたナトリウムを同時にとることができるため、脱水症状のすみやかな回復を期待できるのです。
ただし、そこには前述したように大量の糖分が含まれます。人の味覚は食塩水を飲んでも「おいしい」とは感じませんが、そこに大量の糖分が加えられ、なおかつ冷やされると、おいしく飲めるようになるのです。
そこで第二の注意点としては、「熱中症予防のためといって、清涼飲料水を頻繁に飲まない」ということを気につけてください。
炎天下で激しく活動する際など、エネルギーの消費量も多いときには、スポーツドリンクを飲んでも大量の糖分を身体は消費できるでしょう。しかし、室内で平常の生活を送っているなかでは、糖分の害のほうを強く被りかねません。
熱中症の予防に必要なのは、水分と塩分です。これらは別々にとっても問題のないことです。スポーツドリンクのなかった時代は、水を飲みつつ、塩をちょっとなめて熱中症を予防していました。
ですから私たちも、こまめに水を飲みつつ、汗をかいたなと思ったら、天然塩をちょっとなめたり、梅干や漬け物をかじったりして、熱中症を予防していくとよいと思います。
朝食や昼食などに味噌汁を1杯食べるだけでも、塩分をほどよく摂取でき、熱中症予防によいでしょう。
一方、日中に緑茶やコーヒー、紅茶などをよく飲む人も多いと思います。これらの飲料にはカフェインが含まれます。カフェインには利尿作用があるため、熱中症予防のための水分補給には不適切です。
水分補給には、水や麦茶などカフェインも糖分も含まないものを飲むこと。また、カフェインを含む飲み物を1杯とったら、水も余分に1杯飲むなどを心がけると、なおよいと思います。