休暇を取ったらノーベル賞
医師 若杉慎司
最初にネタばらしをするとこれはヘリコバクター・ピロリの発見にまつわるお話です。
ピロリ菌を発見したのは、オーストラリアの ウォーレン博士と当時はまだ研修医であった マーシャル医師です。
彼らは胃炎や胃潰瘍の患者さんの組織を顕微鏡で見るとらせん状の菌がいることに気付いていました。
しかし、それが原因であると特定するには以下のコッホの四原則を満たさなくてはなりません。
①その微生物は疾患の病巣に必ず認められること。
②その微生物は固形培地上で単一のコロニーとして分離させること。
③その微生物を摂取することにより、実験動物に疾患が再現できること。
④その時、その微生物はその動物に認められること。
彼らは培養に明け暮れましたがなかなか菌がうまく増殖してくれません。
ある年のイースターの休暇で助手のマーシャル医師が、予定した培養時間を超えて放置したら培養に成功したわけです。この菌は増殖が遅いため長い時間を要したのです。
次に菌が胃炎の原因であることを証明するためにまずブタに投与してみますが胃炎の症状は現れませんでした。
そこでマーシャル博士は自ら服用してみました。すると胃炎の症状が現れ胃炎を起こしている組織を採取したらそこにピロリ菌が存在したのです。
このことよりピロリ菌は人間にのみ胃炎を引き起こす菌であることが証明されました。
ピロリ菌感染者が日本に多く欧米に少ないのは、酪農が盛んだった欧米ではブタやウシの糞を肥料に使えたのに対して日本は酪農がなく人糞を使ったことが一つの要因です。ブタのピロリ菌は人間に感染増殖しないからです。
胃の中に菌が存在することは多くの医師は驚きを禁じえませんでした。胃はpH2という強酸性で生存できないと考えられていたからです。ピロリ菌はウレアーゼという項をを持ち、これが胃内の尿素を分解してアルカリ性のアンモニアを産生するためです。
その後の研究で胃潰瘍、十二指腸潰瘍、急性・慢性胃炎、胃がん以外の疾患に関連があることが分かりました。
これだけの疾患に関わるのであればノーベル賞は当然ですね。
しかしなんと言っても最も大きい貢献はピロリ菌除菌による胃がん予防でしょう。
感染者の多い日本では以下の対策が整ってきました。
・40歳になると健診でABC検査を行いピロリ菌の有無、胃がん発症と関連のあるペプシノーゲンのチェックが始まり多くの方が受けている。
・ピロリ菌陽性者には除菌が勧められ除菌が普及している。
・昨年より自治体ごとの中学生のピロリ菌検診が開始されている。40歳までに除菌すれば胃がん発症は1%以下に抑制できる。
・ピロリ菌は5歳までに感染する。虫歯菌対策で母親よりの子への口移しなどが禁じられ同時にピロリ菌の感染機会も減ってきている
・胃カメラを受けたときは多くの場合ピロリ菌チェックが保険で行われ除菌を勧められる
数年前まで胃がんは日本人のがん死の原因の2位でした。
ピロリ菌対策の徹底によって日本の胃がん発症・死亡は減少するでしょう。
以上よりピロリ菌の発見により恩恵を受けているのは日本人であると言っても過言ではありません。
休暇を取ったら日本人が救われた・・・とも言えますね。
関連リンク
http://www.mdcexam.net/inspection_reputation/pylori.html