胃がんは予防できるがんです
医師 若杉慎司
胃がんは99%予防できる病気です。
意外に知られていない事実ですが、胃がんは「ならなくてすむ病気」なのです。
なぜなら胃がんは、ヘリコバクターピロリ菌が引き起こす「感染症」だからです。感染症とはご存じのとおり、病原性を持つウイルスや細菌などの微生物が体内に入り込むことで起こってくる病気です。胃がんの99%がピロリ菌感染によって起こってきています。
これまでは
・塩分の過剰摂取
・喫煙
・野菜、果物の摂取不足
などが発病の誘因とされてきましたが、あくまでも二次的なものであったことが分かりました。
私が若く消化器外科医として第一線で働き始めたころ、ピロリ菌の存在はまだ知られていませんでした。胃潰瘍や十二指腸潰瘍がピロリ菌によるもので除菌治療を受けると再発がほとんどなくなることから除菌治療が普及したのは20数年前でした。以後胃潰瘍の出血による吐血や十二指腸潰瘍の穿孔(腸に穴が開くこと)は大幅に抑制され、ピロリ菌の発見はピロリ菌感染者の多い日本に大きな貢献をしたのです。
現在も、胃がんは罹患率の多い病気です。具体的には、男性の9人に1人、女性の18人に1人が発症しています。胃がんの発症は約12万人以上でがん発症では一位を占めます。そして年間およそ5万人が命を落としています。
将来的には胃がんの発症率は、1%を切るでしょう。ただし、そこにはある条件があります。ピロリ菌の除菌が徹底されることです。原因菌の排除が、胃がんという病気を日本からなくす唯一無二の条件です。
ピロリ菌は、胃表面の粘膜にとりついて生息しています。人の胃のなかは、胃酸によって強酸性に保たれ、通常、病原菌などは殺菌されます。ところがピロリ菌は、特定の酵素を分泌して自分のまわりをアルカリ性にし、生息地を獲得します。そこで悪さをしなければ問題ないのですが、彼らはタンパク質はのagAを分泌します。これがPAR1という酵素と結合することで、胃粘膜を傷つけ、胃炎や潰瘍を起こします。ピロリ菌の活動によってその炎症がさらに悪化したり、くり返されたりしてしまうと、やがて胃がんへと移行することになるのです。
人がピロリ菌に感染するのは、5歳までです。主な感染源は「親」や「祖父母」。乳幼児と濃厚なスキンシップをする人たちです。ピロリ菌は主に唾液から感染します。昔、人糞を畑の肥やしとし、汲み取りトイレに隣接した井戸水を日常用水として使っていた時代は、飲み水から多くの人が感染していました。しかし、上下水道がすばらしく整備された現在の日本において、飲み水からの感染は考えられません。考えられる最大の原因は、周囲の大人から赤ちゃんへの唾液感染です。
現在、20~30代では10~20%、10代では5%程度が感染していると推測されています。この数が、50歳以上では70~80%と感染率が跳ね上がります。
でも、恐れる必要はないのです。
・20~30代までに除菌すれば、男女ともにほぼ100%胃がんを抑制できます。
・40代ならば90%、50代ならば80%、60~70代でも30~60%の抑制効果があります。
しかも、一度除菌に成功すれば、再感染することはほぼなくなります。
ここで問題は現在のところ、ピロリ菌の検査を受けることができる方は以下に限られています。
・40歳以上 健診でABC検査やピロリ菌単独の検査が施行されています。健診を受けてもヘリコバクターピロリ検査を受けない方が多いのが現状です。
・年齢を問わず胃カメラを施行した際に表層性胃炎が確認された場合 表層性胃炎はほとんどの方に認められますので胃カメラを受ければピロリ菌の検査が施行されることがほとんどです。
・昨年より中学生のピロリ菌検査が一部の自治体で始まっています。全体の4割くらいで行われています。30歳代までに除菌すれば胃がんを発症する確率は1%を切りますので胃がん発症予防が徹底されるわけです。近い将来すべての自治体で導入されるでしょう。
以上のことにより、高校生以上で40歳手前の方たちはピロリ菌検査を受ける機会は少ないということになります。
この胃がんがピロリ菌の除菌で予防できるのです。健診などでピロリ菌感染が確認できれば、胃カメラで潰瘍や腫瘍がないことを確認したうえで健康保険で除菌できます。
私の提言としては、高校生以上40歳未満のピロリ菌検査施行の制度化がなされるべきと考えています。
ピロリ菌検査は安い費用で行えます。早期に行動を起こすことが、日本人を胃がんから命を守る大事な一歩となるのです。